翡翠の若葉亭

悪夢の誕生日(サザレ)その2

 サザレは驚いて食事の手を止め、忍ばせたナイフの近くに手をおいて身構える。
 一方でオボロは面倒くさそうにアイマスクを片方持ち上げて眉をひそめた。

「む、こんな時間に来客の予定はなかったはずだがな」
「……普通に客ではないのか?」
「なら、寝る」
「…………」

 仕事する気がないなら、入口のOPENの立札を裏返しておくべきだと思うが……。
 サザレは内心呆れつつ、再び食事に戻った。
 ここでたくさん食べておけば、ひとまず二日は何も口にできなくても問題ない。

 そんな残念な有様で来客に全く対応するつもりのない二人だったが、しかしインターフォンは繰り返し鳴り続けていた。
 まるでやんちゃな子供かホラー映画に登場する幽霊が訪ねてきたかのように繰り返し鳴り続けるインターフォンの電子音。対応しない二人。


 ――そんな状況で十五分後。


「……殺すか」

 狸寝入りの限界に達したオボロはむくりと立ち上がり、テーブルのナイフを手にとった。
 するとようやく料理の半分を頑張って食べきったサザレにそのナイフを放る。
 それが意味するところをほんのりと察しつつサザレはナイフを受け取り、続く言葉を待った。

「ちょっと殺してこい。一応、顔を確認して知らない奴だったら即始末しろ。ただし、目撃者は作るな」
「わかった」

 本当はもう少し栄養をとっておきたかったが、あまり食べても動けなくなる。諦めるしかないかと妥協し、サザレは立ち上がって玄関へと向かった。
 こんな真昼間に、こんな胡散臭くて怠惰な上司に用事があるなど、およそまともな人間ではないだろうなと呆れつつ近づいていくと、声が外から響いてきていることに気がついた。

「さっちゃーん、あーそーぼーっ! さっちゃーん、あーそーぼっ!」

「…………」

 どうやら家を間違えた子供のようだ。
 サザレは納得する。

 とりあえず騒がしい。
 扉を開けたら周辺に人がいないかを確認し、中へ引き入れて殺そう。頭が痛い。
 サザレは無表情にかつかつとブーツの音を響かせ、玄関の扉を開けた。

「あっ、さっちゃんだー! はっぴぃばあすでー! お誕生日おめでとー」
「…………」

 目の前に鋼鉄の壁が――否、大きなロボットが落書きのような顔で待ち受けていた。
 口は動いていないが声は聞こえる。それに、青白い人工皮膚のような筋骨隆々とした腕は、自分など簡単にぱきぽきと骨ごと折り畳めてしまいそうなたくましさだった。
 サザレは思う。

 ――なんだこいつは。

 幼い声音と目の前の謎のロボットに呆然としていると、ひょっこりと影から現れた浴衣姿の幼い少女に突然マスクを引き下ろされ、口に何かを突っ込まれる。

「……!?」
「誕生日限定の特製おだんごあげるー! すごーく、おいしいんだよー」

 たしかに誕生日ではあるが、上司といいコイツといい、よく考えたらどこからそんな情報を入手したのだろうか。そもそも両親が殺されてから誰にも口外した記憶がないのだが。
 サザレは不気味な状況に困惑する。まさに『世にも奇妙な物語』さながらの怪奇的な周囲の情報力である。

 しかし、この『特製だんご』とやら、うまいな……。
 とりあえず、殺すか。

 サザレは団子をくわえたまま支離滅裂な思考を巡らし、袖(そで)に忍ばせたナイフの重みを確認すると少女の腕に手を伸ばし――巨大ロボットの腕に伸ばした腕を掴まれた。

「…………」

 ロボットと目が合う。
 果たして本当に描かれたこの顔で認識しているのか定かではないが、見下ろすようにその"目"でのぞきこんできている。
 ぎりぎりと、あまりに強力なロボットの腕はサザレの腕を骨ごと押しつぶしそうな力で握りしめている。
 読まれたのか。ロボットに。
 サザレは自分の動きを先読みし、伸ばした腕をも掴むロボットの圧倒的な動的認識能力と性能に戦慄する。

「やったー、さっちゃんゲットだよー!」
「ゴー」
「……それは、どういう」

 さすがに意味不明な展開に口をはさもうとした瞬間、ゴー君と呼ばれたロボットに容赦なく、無造作に宙にぶん投げられ、

「!?」
「プレゼントボックスにシューッ。やったねゴー君、これでヒサメたちが主役だよー」
「ゴー」

 いつ取り出したのかさえわからない巨大なプレゼント箱のような箱の中に放り込まれてしまう。
 急いで箱から出ようとするも、即座に蓋をされて真っ暗な中に閉じ込められてしまった。

 ――なんだこの状況は。

 サザレは忍ばせていたナイフを取り出し、箱の外へ出ようと壁に突き立ててみる。
 キン、と甲高い音が響き、ナイフは弾かれる。
 嫌な予感がして、軽く天井――蓋にナイフを投擲(とうてき)してみる。
 カキン、と再び金属音。
 つまり、無駄に全て金属製の巨大プレゼントボックスに自分は閉じ込められたようだ。

 そして自分はどうやら誘拐されたらしい。

 なぜこんなことになっているのか、心当たりが全くなかった。
 とりあえず、ここから出なくては。
 あまりオボロを待たせると、キレるかもしれん。それで妹に被害が及んだら大変なことになる。
 そんな時だった。外からかすかに声が響いてくることに気がついた。

「おい、その中のゴミを置いていけ」
「むむっ、この中にゴミなんて入ってないもん!」

「いいや入っている。俺はさっき見た」
「えー、でもセンサーだとゴミの反応ないよー?」

「……どうでもいい。今日はそれが俺が目立つために必要になる。置いていけ」
「断るよー。ヒサメも今日は必要だもんー」

 上司、オボロの声だ。
 自分を回収しに来たのだろうか。世にも珍しいことがあったものだ。と、ようやく外に出られそうな流れにほっと息をついていると、

「じゃあ、こうするのはどうー? ヒサメの特製お団子を特別にツッキーにあげるから、さっちゃんはヒサメが回収するのー」
「特製お団子か。ふむ……ならば仕方ないな。好きに持っていくがいい」
「やったー、ヒサメが主役続行だよー!」

「…………」

 それとなく流れがわかっていたような気がしていたサザレは、少女と上司の低レベルの会話に頭を抱えた。
 そもそもツッキーとはなんだ。あの上司が勝手に愛称らしきもので呼ばれてキレないところが想像できない。
 一体外で何が起きているというのか。

 ともあれ上司もだんごをもらって意気揚々と事務所に帰ったようで、もう会話は少女の変な歌しか聞こえてこない。
 一体自分はどんなトラブルに巻き込まれてしまったのだろうか。
 いや、考えても無駄だろう。今日はおよそ俺程度の理解を遥かに超えた出来事が多すぎる。

 サザレはため息をつき、起きていてもきっとろくなことはないと眠りにつくことにした。
 不思議と、いまなら眠っても平穏に過ごせるように感じられたのだった。

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