悪夢の誕生日(サザレ)あとがき
しかし、ひとつだけ素朴な疑問があった。
今日という日まで、もう九か十年くらいは自分の誕生日など忘れていたというのに、なぜ今年、今日に限って思い出したのか。
だがサザレ自身は鍛錬に集中し始めると、その疑問も闇の溶けて霧散してしまった。
全ての謎は単なるミステリーで葬り去られるはずだった。
「うんうん、謎は謎のままでいいっていうのはありだと思うけど、安易な謎オチっていうのもアレだもんね!」
「どうでもいい。なぜ異空間でまで働かなければならないのか。寝る」
どこかの世界、どこかの時間軸、そしてあまりにかけ離れすぎた世界線にてひとつの茶会――否、反省会が開かれていた。
その席には浴衣姿の少女と、アイマスクをして面倒くさそうに足を組んで眠る銀髪の男。
テーブルを囲む椅子は四つ。そして卓上には大量の団子とおはぎが山々と盛られていた。
ヒサメはお茶をすすりながら、もちゃもちゃと団子を食べている。
「むむっ、だって記念日なんだよー。まあさっちゃんは誕生日だから特別扱いされるのはわかるけど、ヒサメも記念日だもん!」
「…………」
オボロ・アカツキは眠っているようだ。
「ツッキー寝ちゃだめだよー。この異空間すーぱールームでは、ヒサメとゴー君の和菓子パワーでどんなことでもできちゃうんだからね!」
すると面倒くさそうにツッキーことオボロはアイマスクの片方を上げて面倒くさそうにヒサメを見た。
「……シャレにならん。それに、俺はお前と違ってゴミについてメタ的な対応をするほど暇ではないが?」
「むむっ、だからゴミなんてないもん! ゴー君と一緒にお掃除したもんっ」
ツッキーは眠っているようだ。
「…………すー」
「せっかくヒサメの特別な日、和菓子の日なのにー。誕生日とか記念日が一緒になると損だよね、クリスマスやバレンタインが誕生日の人みたいについでに祝われる感じだもん。うわーん、ゴー君ー!」
しょんぼりとジタバタし始めるヒサメに団子を運んでいたゴー君が駆け寄って、よしよしと頭を撫でる。
一人はジタバタし、一人は寝る。
そんな収集のつかない状況に一条の光が差し込むように、扉が勢いよく開け放たれた。
「フッ、愚かな……。特異点にて闇の饗宴が開かれると聞いてきてみればこのザマか。どうやらこの悪のマッドサイエンティストの出番のようだなッ!」
降り注ぐ魔力の雷。たなびくローブと白衣をまとった謎の人物がポージングとともに参上する!
「…………すー」
「ゴー君ー、今日こそは和菓子を全国展開してハンバーガー王国に対抗しないと滅亡しちゃうよー! シュガもバイトで帰ってこないし、うわーん!」
が、突然の乱入者を全く意に介さない様子でカオスな状況が続いていた。
乱入者は、すっと部屋にてくてくと足を踏み入れると、テーブルで湯気を立てているマグカップを手に取って、ずず、とすすった。
「……ブラック。機関の仕業か……」
団子の山の影に置かれていた角砂糖を三つ放り込み、マドラでかき混ぜ、再びすする。
すると今度は納得した様子でひとつうなずいた。
「甘美な黒き奔流。やはりコーヒーは挽きたてこそ至高だな。さて」
乱入者はカメラに視線を向けると、盛大に笑って親切な説明を始めた。
「フッハハハハハ! オレ様こそ、かの有名な悪のマッドサイエンティスト……アレイスト・クラウザーだ! 今日はキサマら愚かな視聴者に、さらなる混沌(カオス)の秘奥について解説し、闇の世界を思い知らせてやろう!」
アレイストは思い出したようにコンデンスミルクをコーヒーに注ぎ、再びマドラでくるくるとかき混ぜる。
「今回のエセNinjaことサザレの夢だったっぽい世界で起きたことは、この異空間での特異的な出来事だったのだあ! つまり誕生日記念ということで、クロスオーバー的な感じに現代風の謎設定でいろいろ登場したわけだな」
それからマグを口に近づけ、マイルドになったコーヒーを飲む。
「で、誰がそれを企んだかと言えば運命の悪戯か愚かなる神の仕業と言いたいところだが、そこの団子少女とアイマスクマンということだ。つまりこいつらが元凶ということ――」
「…………」
元凶を口にしたところで、サクッとアレイストの頬に一筋の赤い線が刻まれる。
何か風を感じた気がして触れてみると、べっとりと赤い液体が指先を伝っていた。
アレイストはぞっとして周囲を見回すも、団子少女はジタバタし、アイマスクマンは相変わらず眠っている。
何か近づかざるべき畏怖すべき存在の気配を感じ、アレイストは慌てて解説を進めた。
「よって、これは記念回だったということになる。クロスオーバーの闇が生みだした、呪われし悪夢ということだな。さて、華麗に説明をしてやったから俺様は帰る!」
すたたたた、と扉を抜けて去っていく親切な悪のマッドサイエンティスト、アレイスト・クラウザー。
それからしばらく、この即席で誕生したカオスな異空間は無法地帯のまま存続し続けたのだという。
(完)