翡翠の若葉亭

ヒサメのお料理教室☆ステーキの巻 [前編]

 ヒサメは深刻に考えていた。
 傍らにはゴーレムこと助手のゴー君が深刻そうなBGMを流したり渦巻きの背景をセットしたりと大忙しである。
 そう、ヒサメは深刻に、真面目にある問題について考えていた。

 事の始まりは昨日のご飯時にまでさかのぼる。
 発生した問題は、非常にシンプルだった。
 仲間でありゴーレム道を究めんとするヒサメの弟子――シュガ・カーウェンが珍しく野宿での料理番を立候補したのだが、なんということか、料理を真っ黒焦げにしたのだ。
 パーティメンバーは皆、その悪夢のような事件に恐れおののき、シュガの正気を疑ったという。

「おい、俺はゴーレム道なんて知らねぇし、お前の弟子になった覚えもねぇぞー」

 しかし恐ろしいことに、シュガは正気だった。
 あまりの調理の手際の悪さ、加熱のいい加減さ、何より味見をしないという理解不能の調理における行動原理に爆発したような衝撃を受けたヒサメだったが、しかし心優しいヒサメは「失敗しちゃったね☆」と生暖かい目でアネゴとともに見守っていた。

「いやいや、お前普通に俺のこと笑ってただろうが。っていうか生暖かい目ってどういうことだよ!?」

 そうして生暖かい目で引きつった笑みを浮かべて見守っていたヒサメとアネゴだったが、なんということでしょう。
 シュガは爽やかな笑顔で暗黒物質が乗ったお皿を持ってきて、こう言ったのでした。

『ちっと手間取ったが、結構上手くできたと思うぜ。食ってみてくれよ』

 なんという鬼畜! なんという外道! 血も涙もありません!
 自分で味見もしていない、真っ黒でなぜか腐臭を放つ暗黒物質を額の汗をぬぐいながら爽やかな笑顔を浮かべて渡してきたのです。
 これが天然、否、生まれながらの殺人鬼だとでも言うのでしょうか。

「って、一回料理失敗しただけだろ! なんかものすっげぇ言われようだな!?」
「それを平然と食べさせようとするアンタもどうかと思うけどねぇ」

 ヒサメとアネゴとゴー君は秘技『ちゃぶ台返し』でシュガの魔手を逃れたものの、問題の抜本的な解決には至ってはいないということでラクシア安全保障対策会議が開かれ、何度も熱い議論が交わされました。
 そして、ある結論へと至ったのです。

「え、ラクシア安全保障対策……え? ってか、なんで俺の料理からそんな壮大な話になってんだよ! しかもさりげなくゴー君も怒ってたのか!?」
「……まったく、どっちもどっちというか」

 シュガを改造し、世界を救うしかないと!
 そしてプロジェクトリーダーであるヒサメはとあるプランを提示しました。
 一日一食、シュガの歪みきり、堕落しきった料理への邪悪な概念を覆す『ヒサメとゴー君の究極のお料理教室☆彡』を開催するという、洗脳計画を!

「ということで、ゴー君! シュガを確保ー!」 
「ゴー」

 ヒサメが団子印の軍旗を振りおろして号令を発した瞬間、轟音が響く勢いでヒサメのゴーレムことゴー君が返事とともにシュガへ巨大な虫取り網を片手に突進し、逃げるまもなくシュガが網で捕まってしまう。
 そしてリルドラケンのアネゴは頑丈なロープで網ごとシュガの体をぐるぐる巻きにして縛り上げた。
 捕獲完了である。
 ヒサメは満足げに腰に手を当て、きらりと目を光らせた。

「年貢のおさめどきだよ、シュガー! 覚悟しなさーい!」
「どわあっ!? な、なにしやがる……っていうか、アネゴも!?」
「……いつもなら二人共ゲンコツ落としの刑に処するところだけど、あんな料理を今後も誤って出されたら冒険と生命活動に支障が出るからね。ということで観念して、料理の基礎から学び直しなさい、シュガ!」
「お、俺がいったい何したってんだーーー!」

 ゴー君がかつぐ虫取り網の中で理不尽という名の自業自得を叫びながら、シュガはヒサメとアネゴに連れられ、『ヒサメとゴー君の究極のお料理教室☆彡』の会場へと連行されたのであった……。
 


 軽快な音楽が響く、白とお団子模様で統一された厨房に仲間たちに案内されてやってきたヒサメの弟子、シュガ・カーウェン。
 彼はキッチンの中央でぐるぐるとゴー君にくくりつけられ、いまかいまかと楽しい楽しいお料理教室が始まるのを待っておりました。

「おい、どっから流れてくるんだよこのBGMとナレーションは! ってか、ツッコミどころが多すぎていろいろ言ってやりたいが、とりあえず俺はヒサメの弟子じゃねぇ!」
「シュガ、もう少しおとなしくしてな。料理教室の復習用にバーサタイル(ビデオカメラ的なアイテム)を回してるんだ、あとで部屋で見直した時に恥ずかしい思いをするのは自分だよ」

 見ると、部屋の四方に銀色の円盤が設置されてあった。
 反射板や魔動機械の照明も設置され、撮影の準備は万端である。

「いやいや、色々とみんなどうかしてるって! なんでたかが料理でこんな大事に……」
「あんたにとっては些細なことでも、とばっちりを食らうこっちは気が気じゃないんだよ。少しは自分の料理を味見でもして自覚しな!」
「いや、料理なんて食えればなんでもいいじゃねぇか!?」

 シュガが料理への冒涜的発言を繰り返していた、その時だった。
 突然小太鼓が激しく打ち鳴らされる音とともに、部屋の中央に大量の色鮮やかな食材が積まれた箱が天井から下ろされていく。
 天井に開けられた穴をよく見ると、近所のおじさんや商店街のおばさんの姿が見えたような気がしたが、この場の出演者は何も見なかったことにした。

「れでぃーす・えん・じぇんとるめん。今日もお団子、明日もお団子。ついでに明後日はお萩! ヒサメとゴー君のドキドキ☆お料理教室、はっじまっるよー」
「最後はお萩なのかよっ! そしてなんかタイトル変わってねぇか!?」
「細かいことは気にしちゃダメなんだよー。さてさて、今日はレギュラーゲスト兼ゴーレム道見習いのあのシュガと! なんと! ステーキを作りまーす!」

 くるりとヒサメがバーサタイル(ビデオカメラ的なアイテム)目線にウインクをすると、割れるような拍手が会場に巻き起こった。
 何事かとシュガが顔を上げると、なんと設置されたバーサタイルの背後には大勢の観客が座っていた。満席御礼である。
 その中に見慣れた顔をいくつも見つけて、シュガは絶望的な表情を浮かべた。

「ちょっ、肉屋のおばちゃんに魚屋のおやっさん、あとピザ屋のマイケルディーニさん!? なにヒサメのわけわかんねぇ企画に参加してんだよ!?」
「ヒサメちゃんからもらうお裾分けがいつも美味しくてねぇ、来ちゃったわ☆」
「来ちゃった☆ってなぁ……」
「男なら記念日ぐれぇは妙坊を唸らせる飯を作らねぇとと思ってな。ステーキこそ漢の料理だろうが!」
「いや、確かに豪快だけども! ま、まあ頑張ってくれ!」
「ミセスヒサメノプリティクッキングヲバッチリウォッチデ、ミーノピッツァ二フレッシュウィンドヲマイオロスノデース!」
「すまんマイケルディーニ、毎度ながら何言ってるかサッパリ分からん。と、とにかく、おいヒサメ! 商店街の大御所がこぞって来ちまったんだから馬鹿な真似は控えとけよ! 俺の給料に響くからな!」

 バイト先でお世話になっている方々がこぞってやってきてしまった今回の騒ぎに、シュガはかつてない緊張を覚える。
 一方のヒサメはというと、思いのほか困った笑みを浮かべていた。

「おバカな真似って言われても、お肉を焼くだけだから大丈夫だよー。……うん、シュガが言う通りにちゃんとすれば食べ物には……なると、思う……?」
「いやいや、一体俺に何をさせる気なんだよ!?」

 ヒサメにしては珍しい歯切れの悪さに気付かず、シュガはいつも通りにツッコミをいれる。
 それを傍らで見ていたアネゴはシュガを縛るロープをナイフで解いて、重いため息をついた。

「今日一番のトラブルメイカーは自覚なし、みたいだねぇ……。スーさん。見張り、しっかり頼んだよ。夕飯の命運はあんたに掛かってるんだから」
「…………」

 独り言を言うように物陰に囁くと、了承の意思表示の代わりに気配が消えた。
 アネゴこと、アジュール・プラオスはボトルの水をひとあおりし、息をついて会場の、主にシュガの一挙一動に集中する。

 このようにして夕飯の命運を分かつ、決死のお料理教室が幕を開けた……。


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