翡翠の若葉亭

月より団子[前編]

 その日、バイトで夕刊を配り終えて戻ってきた月神シーンの神官戦士シュガ・カーウェンは、どこからもらってきたのか大量の木材等が入った袋を担いでいた。さすがに量が量だけに、重そうにのろのろと歩いている。

「シュガ、アンタ何でそんなにガラクタを持ち帰ってきたんだい?」
「ガラクタじゃねぇ! れっきとした祭具だ!」
「祭具……ねぇ」

 アジュールはため息をつく。
 多少はシュガの信仰する月神シーンについての理解はあるつもりではあったが、近頃は毎日こうしてガラクタを集めて持ち帰ってくるために宿屋の人にも迷惑がかかり、少し困ったことになっていた。
 しかしワガママ団子娘とは違い、自分勝手な行動ではなくシュガが信仰する宗教の慣習であるから、あまり強くは言えない。

「でも、少しは知らないものを大量に持ち込まれる人達のことを考えなさいッ!」
「ウギャーッ!」

 まあ、拳で伝えられるものもあるわけだが。
 アジュールことアネゴの愛のムチが炸裂し、シュガは荷物に押しつぶされながら床に倒れ込む。
 そうしてアネゴは、持ってきてしまったものは仕方ないと荷物を持つのを無理矢理手伝い、宿屋の裏へと運んでいった。
 シュガも頭を抑えながら、当初の三分の一の荷物を運ぶ。

「ありがとな」
「まったく……少しは反省しなさい」
「今日はシーン様を信仰する者にとっては大切な日だから仕方ないんだよ」
「…………」


 一方その頃、ワガママ団子娘ことヒサメは……宿屋の厨房で例のごとく、団子を大量生産していた。
 しかし今回は毎日飽きもせず作っている団子とは異なり、全てが白色だった。その上、串に刺してもいない。
 その理由は、材料が足りないというわけではなかった。

「ふんふんふーん♪ 今日はいくらだんごを食べても怒られない日だもんね! よーし、ゴーくん! 目指せ千個だよっ!」
「ゴー」

 完成した団子を五十個ずつ皿に乗せ、ゴーくんに渡して宿の裏へと運ばせていく。
 ヒサメが上機嫌なせいか、ゴーレムも心なしか元気に動いているように見えた。
 そうして無駄に大量に購入した団子粉を五十袋使い切ったところで、厨房の扉が勢い良く開け放たれる。

「おいヒサメッ! 俺は団子は五十個でいいって言ったのに、なんでその十倍の五百個をゴーレムに運ばせてんだ! ……って、まだ作ってんのかよ!?」

 ヒサメは団子をつまみ食いしながらマッドサイエンティストな笑みを浮かべる。

「ふっふっふ……今日のひしゃめは団子を最低千個作るまではひゃめないよ。もぐもぐ……それに、シュガが言ってる『しーんさま』っていう神様だか幽霊だか分からない何かも、団子がいっぱいあったら喜ぶんじゃないかな?」
「月神シーンって聞いたことないのかよ!? 神に決まってるだろうが! あと、それで喜ぶのはお前だけだ!」

 シュガが色々とツッコんでいる間に、ゴーレムが戻ってくる。すっかり団子を運ぶのには慣れた様子で、ウェイターのような無駄のない動きだった。

「あ、ゴーくん。また五十個できたから向こうに持って行ってー」
「ゴー」

 ヒサメが五十個の団子が乗った皿をゴーレムの手に乗せる。
 するとゴーレムは返事をして再び宿の裏へと発進した。
 が、その進路である唯一の出入り口の前に、シュガが立ちはだかる。

「このまま無駄に団子を千個も生産されたら、シーン様に団子と酒を捧げる神聖な儀式が台無しになるわ! ゴーくんには悪いが、ここは絶対に通さねぇぞ!」

 さすがに信仰する神が関わるとあって、いつになく気合いが入っている。その証拠に、当たると凶悪な破壊力を誇るヘビーアックスを構えていた。
 ゴーくんは停止して、主人であるヒサメのほうを振り返る。
 ヒサメはというと、丸めて放り込んだ火の通っていない団子を鍋でぐつぐつと煮ながら、お玉を片手にムッとしていた。

「この聖なる団子の日に団子作りの邪魔をするなんて……シュガは団子の素晴らしさが分からないの!? コンパクトで食事に手間がかからず、かつ様々な食材、調味料を練り込むことができる上、可愛く一口サイズに丸められた団子の完成された、完璧完全究極の食の芸術が!」

 ヒサメはお玉を掲げて演説する。
 それをフンと鼻で笑い、シュガは不敵な笑みを浮かべた。

「はっ、分かるわけないだろ。俺からしたら、シーン様の素晴らしさが分からないお前のほうが不思議でならないぜ」
「得体の知れない存在を信じるより、形があるものを信じた方がいいと思う! 団子とか団子とか団子とか……」

 言いつつ、鍋の湯の上面に浮かんできた団子をお玉で掬(すく)い、ザルの中へと丁寧に入れていく。
 するとゴーくんことゴーレムは追加の団子だと認識し、ヒサメのほうへと五十個の団子が乗った皿を片手に戻っていく。
 人数や商品をカウントするアルバイトの経験があるシュガは、追加の団子が五十個くらいの量があることを即座に把握した。
 みるみる顔色が悪くなっていく。

「おいちょっと待て……まだそんなにあるのか!?」

 ヒサメは自慢げに、お玉を持って格好つけたポーズをとった。
 ゴーレムが演出をするように団子の乗った皿を掲げる。

「あと三百個のだんごを作ること、それがお月見という聖なる団子の日にだんごから課せられた、ヒサメのノルマなんだよ……!」
「お前、いま言ってること自分で分かってんのか……? っていうか、千個も団子を作るつもりなのかよ!」

 シュガは呆れたように、嘆くように叫ぶ。
 なぜかアホ毛の妖精使いにドヤ顔を向けられたような腹立たさしさが腹の底でふつふつと湧き上がっていた。
 不敵な笑みで返答したヒサメは、再び団子作りに戻る。

(駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。)

 信仰する月神のために、シュガはどうにか切り返せないかと頭をひねる。
 しかし、普段から平気で百個、二百個の団子を一日で食べているヒサメを思い出すと、これもいつも通りのことのように思えてしまう。
 確かヒサメは、ルーンフォークは団子を食べないと死んでしまうと言っていたし、もしかしたら、それを無理に止めるのは悪いことなんじゃないのか……?
 だとしたら、俺はコイツが団子を食べるという行為、ルーンフォークが生きるための行為を邪魔しているんじゃないのか?

(あー、駄目だ。やっぱルーンフォークの生態については一生理解できそうにねぇ……)

 シュガの中で、ヒサメと団子がゲシュタルト崩壊のように価値観がごちゃごちゃとしていく。

[読者諸君に補足を入れておくが、ルーンフォークとは200年前の技術で生み出された人造人間のことである。現在では数少ないジェネレーターと呼ばれる機械によってなんとか生み出すことはできているが、そのジェネレーターを作ることは、かつての大規模な争乱によって技術が失われてしまい、不可能となっている。ルーンフォークの寿命は五十年程度と言われているため、いずれは絶滅する種族と、学者の間で囁かれているそうだ。
 ちなみに、ルーンフォークは人間同様の食事をするが、だんごを食べないと死ぬなどということは決してない。
 ただ、だんごが好きなヒサメが嘆き悲しみ、駄々をこね始めるだけである。
 あるいはキミは、だんごを食べないと生きていけない人造人間などラクシアには存在していないことを理解する賢明な読者なのかもしれない。
 ならば恐れることはない。
 シュガと共に、だんご娘に立ち向かいたまえ!]

「ん? 今、変な声が聞こえなかったか?」
「えー、またシュガが信じてる神様みたいなのが語りかけているんじゃないのー?」

 ヒサメは呆れた目を向ける。手には新たに完成した団子の皿が乗っていた。
 追加の五十個の団子で、ゴーくんは合計百五十個の団子皿を持っていることになる。
 イライラとした様子でシュガは眉間にシワを寄せる。

「あのなぁ……シーン様は神様みたいなのじゃなくて、神様なんだよ! っていうか、団子作るのやめろ! そんなに作ってどうすんだ!?」

 信じられないと言いたげな驚愕の表情を浮かべ、ヒサメは口許を押さえる。

「え……シュガ、知らないの!? 月を見ながら、だんごを食べるんだよ!?」
「もう、その微妙に間違ったお月見はどこから聞いてきたんだよ……!」
「む、間違ってないよ! ミカゲが言ってたもん!」

 どこか諦めたようにシュガはがっくりと肩を落とす。

「そのミカゲって奴、誰だか知らないが変な情報吹き込みすぎだろ……」
「あ、そうだ! お祈り用にあと百五十個作っておこうっと♪」
「お祈り用ってなんだよ!?」

 シュガが団子が発する蒸した香りに吐き気を覚え始めた頃、突如後方から聞き覚えのある声が響いた。
 凛とした、力強い声。

「ちょっとシュガ、宿屋の裏に置きっぱなしの団子を置く祭具は、本当にあれだけで大丈夫なのかい? まだ乗せる団子が五百個も残ってるわよ」

 頭の中で、何かが大きく弾けた。まるで突然ライトでも使われたかのような感覚。
 そう、究極の解答はすぐ傍にあったのだ。

「アネゴーーーッ! ヒサメを止めてくれッ!!」
「ちょ、なんだい!?」

 シュガはヒサメを指差す。
 対するヒサメはギクリと数秒だけ動きがぎこちなくなったが、すぐに先程のような楽しげな表情に戻る。その傍で佇むゴーくんは右腕、頭、左腕に団子を持っている状態のままで、特に変化はない。
 アネゴことリルドラケン(竜のような容姿の人族)のアジュール・プラオスはシュガが指差す方向を見て、目を細める。

「ヒサメ、アンタ何を作っているんだい……?」
「だんごだよー! お月見バージョンで作っているんだー♪」

 アジュールがゆっくりとヒサメに歩み寄っていく。
 
「……シュガもアンタも」
「???」

 首を傾げた直後、ヒサメはようやく事態を察してゴーくんの後ろへ隠れようとする。
 が、遅かった。

「少しは人の迷惑を考えなさい!!」
「ぎゃふん!」
「地味に俺も同列なのかよ……」

 鉄拳制裁が炸裂。頭にできた大きなたんこぶを抑え、涙目にヒサメは悶絶する。さすがにリルドラケンの戦士の拳は硬くて重い。

「だんご、作ってただけなのに……」

 切なそうにヒサメは呟く。
 その様子を見て、アジュールはため息をついた。

「あのね、あたしは別にだんごを作ることに関してはとやかく言うつもりはないよ? だけどアンタは五百個――というか、ゴーくんが持ってる分を合わせたらものすごい数を作って自分以外の人に迷惑をかけてるじゃないか」

 ヒサメはお玉を手にしたまま抗議する。

「だ、だんごがいっぱいあったら、みんな嬉しいから迷惑じゃないよ!」
「それはアンタの理論でしょう。……はぁ、でも作っちゃったものは仕方ないからねぇ。ちゃんと責任とって残さず食べるんだよ?」
「う、うん……」

 言いつつ、ヒサメはゴーくんの持つ皿からだんごを一つつまみ食いする。
 アジュールは一瞬目を細めるが、すぐに諦めたような表情でシュガに振り返った。

「ほらシュガ、アンタもそんなところで突っ立ってないで、やることやっておきなさい。早くしないと団子に虫がつくよ」
「へーい。きちんと月見の儀ができるか不安だが、やるだけやるしかねぇか……」

 どこか気の抜けた様子でシュガはフラフラと宿屋の裏へと歩いていく。

 「これ以上団子を作ったら、分かってるわね……?」

 アジュールはヒサメがコクコクと頷くのを確認すると、足早に厨房を出てシュガを追った。

 残されたヒサメとゴーくんは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。


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